気ままな一人旅に出てみるか:「定年バックパッカー読本」大嶋まさひろ著(1)
「何でも見てやろう」(1968年刊行)を書いた小田実は1932年生まれ。元気でいらっしゃるとすれば現在77歳。1日1ドルで米国、欧州、アジアを見て回った小田実は、日本におけるバックパッカーの元祖と言っていいでしょう。
その10年後に「インドへ」(1977年刊行)を書いた横尾忠則は1936年生まれ。彼もまた、方向性はやや異なるものの、バックパッカー的な旅行スタイルを世に広めたもう1人の立役者だと思います。
藤原新也の「全東洋街道」(1981年刊行)も衝撃的でした。羊の脳みそ料理、中東の砂漠を走る極彩色のバス、香港の市井の人たちの写真が印象に残っています。
そして1986年には沢木耕太郎の「深夜特急」が書店に並びます。同書によって、日本におけるバックパッカー的な旅のスタイルは集大成を見たと言っていいと思います。
香港については山口文憲の「香港 旅の雑学ノート」(1985年刊行)が。パリについては玉村豊男の「パリ 旅の雑学ノート」(1983年刊行)があり、これらの本でわれわれは両都市の街路や食べ物について深く知ることができました。
「食は東南アジアにあり」(1984年刊行)や「東南アジア食紀行」(1989年刊行)の森枝卓士の本も非常に楽しかったです。また、関川夏央の「七つの海で泳ぎたい。」(1990年刊行)も忘れるわけにはいきません。マレーのニョニャ料理や中国吉林省延吉市近辺に住む朝鮮族のことを知ったのはこの本を通じてです。
下川裕治の「12万円で世界を歩く」(1990年刊行)には大いに驚かされましたが、非常に興味深く読んだことも確かです。
厳密に言えばバックパッカーに属しませんが、古くは開口健のベトナムもの。近年では椎名誠の旅行エッセイもわれわれの異国に関する知見を広げてくれました。また、村上春樹がギリシャ・アトス島とトルコ辺境を回って書いた「雨天炎天」は新しい旅のスタイルを垣間見させてくれました。
バックパッカー的な旅のスタイルはこのように40年の歴史を持ち、その中核に位置する沢木耕太郎もすでにゴールデンエイジ。従って、いま会社員生活を終えようという方が「定年後はバックパッカー再入門だ!」と考えてもまったく不思議はないほど、時は熟していると思います。スーツケースを持たず、バックパックにすべての荷物を詰め、海外諸都市の雑踏を歩く。ヒルトンやシェラトンに泊らずに、あえて現地の中級以下のホテルに泊り、現地の人と同じものを食べる。そうした旅のスタイルはすでに伝統があり、もはや王道になっていると言っていいと思います。
ということで満を持して登場した「定年バックパッカー読本 団塊は、世界をめざす!」(大嶋まさひろ著)。2007年に刊行されている本ですが、運営人dimaizumは最近入手して読ませていただきました。
この本は大いにその気にさせてくれますね。50代であろうが、60代であろうがバックパッカーをやっていいではないか。むしろこの年代なりのバックパッカー・スタイルがあるだろう。別にぎりぎりの忍耐を要求される、従来型のバックパッカー旅行をしなくてもよい。適度に休み、適度に贅沢をして、期間は短くとも自分なりに楽しめばよいではないか。著者はそう主張しています。
手始めは、一人旅がいい。
仕事と暮らしの肩の荷を降ろして、両手を自由にして、自分にとって必要最小限の物をバックパックに詰めて、見知らぬ異国を旅してみよう。
本書が言いたいことはこれに尽きる。
バックパッカーの旅は、気ままな一人旅を基本とする。それはいうまでもなく、自分の行動の全てを自分で決定・管理するということであり、その結果を一人で引き受けるということを意味する。言葉を代えていえば、自己責任に裏打ちされた、気ままな旅ということ。そこで求められているのは、自分一人で生きていける、自立したオヤジ像だ。 中略
一人旅は、自分の心にまとわりついた、こんな皮膜のような「誰か」を脱いで、生身の自分を外気に晒して生きることに似ている。突然風にさらされた生身の自分は、その冷たさにピリピリと緊張して、無防備な我々の五感は鋭く研ぎ澄まされる。
筆者は、荷物を極力少なくすること、最長でも1ヶ月に留めておくこと、必要に応じて空路を使い、時には贅沢をすることを勧めています。これは、20代30代とは違う自分をそのまま受け入れて、それを旅のスタイルに反映させるということでもあります。
大嶋氏が非常に重視しているのが「旅のテーマ」の設定。
バックパッカーとして旅をしていた20代のころは、最低でも3ヶ月を超えないと旅じゃない、などと思っていました。その当時、中高年のツアー参加者と現地で会えば、ふん、旅の素人め、などと、若さゆえの傲慢な差別をしていたものです。それが、自分が実際にそのような年齢になって、短期のツアーで旅してみて、自分自身がそれで充分に満足していることに気づきます。なんだ、旅の満足に、期間は絶対的な要素じゃない、問題は旅のテーマなんだという、至極当たり前のことに気づかされたわけです。
テーマのある旅。それこそがこれからの旅行のあり方だと、運営人dimaizumも常々考えています。この分野、大いに攻略すべき余地があります。
著者が挙げているテーマの例は、ベトナムの「開口健の泊ったマジェスティック・ホテルに泊り、屋上のブリーズ・バーで飲む」。これをひとつのお手本とすれば、「深夜特急」の沢木耕太郎が長くくつろいだ「ペナン島の中華系シーフードレストランで蒸した海老をたらふく食べる」もテーマになるでしょうし、村上春樹がおいしいと絶賛している「トルコの田舎町のパンを毎朝飽きるまで食べる」もテーマになるでしょう。
何かの本で読んだり、映画で観たりしてあこがれが募った対象は、何だってテーマにできてしまうわけです。
ゲーテが行ったイタリア旅行と同じルートでイタリア各地を巡る。ナポレオンが采配を揮った主戦場をレンタカーで巡るというテーマも可能でしょう。
これまでの旅行が、まずパッケージありき、まず観光名所ありきだったのに対し、これからの旅行は、自分にしっくりとくる「テーマ」がまずあって、そこから便が決まり宿が決まるというものでなくてはなりません。期日が長いか短いかもテーマが決めるもの。テーマ次第で4泊5日でよいとなれば、それはそれでいいのです。
大嶋氏の著書ではそうした新しいスタイルの旅をどう具体化するかについて、細かく説明しています。
Upper image courtesy of flydime Flickr Creative Commons.(上の写真はFlickrに登録されているflydimeさんの作品をCreative Commonsのルールに則って使わせていただいております。)Lower image courtesy of alex.ch Flickr Creative Commons.(下の写真はFlickrに登録されているalex.chさんの作品をCreative Commonsのルールに則って使わせていただいております。)

