村上春樹を思い出しながら歩く千駄ヶ谷
千駄ヶ谷を村上春樹と結びつけて考える人は少なくないと思います。村上春樹は作家になる前に、千駄ヶ谷でジャズ喫茶を開いていました。店の名前「ピーター・キャット」と「村上春樹」で検索すると、言及しているページがいくつも出てきます。
彼が80年代に書いていたエッセイには、千駄ヶ谷の床屋に1時間ぐらいかけて電車で通っているという記述がありました。個人的にこの界隈で事務所を持ち、そばの大京町に住んでいた時に、その床屋はどこかと探したことがありましたが、最近になってようやくGoogleで検索して、その床屋を特定することができました。奇特な方がいらっしゃって、店の名前と写真を掲げています。千駄ヶ谷駅から近い鳩森神社の縁日では、村上春樹のジャズ喫茶の名前が載った提灯がいまでもぶら下がるそうです。そんなこんなで、千駄ヶ谷と村上春樹の結びつきは深く、この界隈には関心が向く対象がたくさんあります。

ということで、村上春樹のことを考えながら、千駄ヶ谷駅をスタートし、神宮前二丁目商店街、千寿院を通って神宮球場に抜け、外苑いちょう並木の黄葉を眺めて青山一丁目駅に至る散歩を敢行してみました。
JR千駄ヶ谷駅を背にして真正面が鳩森神社を経由して明治通りに至る通り。その途中に村上春樹が開いていた「ピーター・キャット」跡で営業している「ジャマイカウドン」(東京厨房、ステーキハウスChacoの2F)がありました。現在は店の名前が変わっているようです。運営人dimaizumがこの界隈にいた当時、ジャマイカウドンがオープンしたばかりで、ずいぶんとユニークな名前だなと思ったものです。レゲエ風の格好をしたマスターが切り盛りしていらっしゃいました。
すぐに鳩森神社の五差路に着きます。右に折れるとJR代々木駅に続くグリーンモール商店街。商店街に入ってすぐの右手に村上春樹が通った床屋があります。違う床屋に行ってその都度髪型に関する注文を出すのが面倒なのでその床屋に通い続けている、と書いてましたね。さらにその先に行くと左手に幻冬舎社屋に通じる路地があります。村上春樹ワールドを思い出しながら歩く散歩コースとしては、この五差路を鳩森神社に沿って左に折れるのが順当でしょう。
鳩森神社を巻く形で歩いて行くと、途中にコーヒー豆屋さんパウル・コーヒーがあり、平日であれば豆を買うことができます。ここの豆は絶品です。店主が特殊な感覚を持った方のようで、芸術品のような味のするコーヒー豆を売ってくれます。100gずつ、その場で挽いて売ってくれるので、飲みきれる分だけ買ってすぐに飲みきるのがよいでしょう。

パウル・コーヒーの先の角を右に曲がると将棋会館。まっすぐ行くと神宮前二丁目商店街です。左に折れた路地に旅館「きかく」がありました。2000年前後、終電を逃した時や早朝に仕事をしなければならない時によく利用していました。東京オリンピックのお客を当て込んで建てられた旅館ということで、古くて味があり、よかったのですが、現在では建物も新しくなり営業していません。
この角は右へ曲がって遠回りをしながら、千駄ヶ谷二丁目界隈の風情を楽しみたいところ。このへん、土日になると人口密度がぐっと低くなるので、クルマがほとんど通りません。とはいえ、カメラを持ってあちこち写しているうちに注意散漫となり、クラクションでどやされないようにご注意ください。
若者向けの雑貨屋さんがあったり、昭和を思い起こさせる古い住宅があったりと、なかなかいいエリアです。明治通りに出ずに左へ左へと方向を取っていると、神宮前二丁目の交差点に出ます。サザビーリーグが本社を置く建物があり、1Fにスターバックス、アフタヌーンティ、インテリアショップのICLが入っています。スターバックス日本法人がサザビーリーグ系の会社であるということもあって、ここのスタバは日本でもかなり早くにできた店舗です。また、反対の角にはアメリカ風の本格的なハンバーガーを出すワンズダイナーがあり、ビールなども飲めます。どちらかでひと休みもよいでしょう。
千駄ヶ谷界隈の醍醐味はここから始まる神宮前二丁目商店街にあると思います。山手線の内側、原宿や青山にも近いこのエリアに、なぜにこのような下町風、昭和風の商店街が残っているのか非常に謎ですが、とにかくいい雰囲気を持っている商店街です。生活している人たちの息吹が感じられます。また、通り沿いにも、路地を少し入ったところにも、小じゃれた飲食店やショップがあり、探索する余地があるでしょう。近くに都営霞ヶ丘アパート(霞ヶ丘団地)があり、1960年に建ったということですから、おそらくその住民の方が長らくこの商店街を利用してきたのだと思います。
個人的にはこの界隈に事務所があった時期、時々通った名前のないバー(写真の「リカリスイ」の建物の1F)が懐かしいです。ロートレックの絵に出てきてもおかしくない風貌のママが17時ぐらいに店を開け、深夜までやっていました。この建物の中には、実は防音設備万全のスタジオがあり、ロックバンドなどが練習に使っていました。現在も利用可能かどうかは不明です。

散歩コースとしては、神宮前二丁目商店街から一度、サザビーリーグのある交差点に戻り、そこからトンネルをくぐって千寿院交差点に出るのがよいです。千寿院交差点に出ると右の角にビクターのスタジオが。左に進んで行くと河出書房新社のビルがあり、その先に、村上春樹が言及していたラーメン屋「ホープ軒」があります。とんこつ系のこってりしたスープが特徴です。ホープ軒は都内にいくつかありますが、ホームページを見る限りでは系列関係はなさそうですね。その先の角に草思社があります。この界隈、すでに神宮球場エリアですから、どちらに行っても外苑のいちょう並木に出られます。ここはまっすぐ進んで明治公園、日本青年館を経由して、神宮球場へ向かいます。
神宮球場は村上春樹ファンとってはおなじみの球場です。ある春の日に、ヤクルト戦で人がほとんどいない外野席に寝転がっていた村上春樹が突然、「そうだ!小説を書こう!」と思い立ったというエピソードは、春樹ファンの間ではあまりに有名です。初期エッセイではよくヤクルトについて言及していました。
村上春樹にちなむあれこれを抜きにしても、神宮球場に加えて国立競技場、明治公園、外苑、絵画館、秩父宮ラグビー場などの公共施設が寄り集まっているこの界隈は、散歩でうろうろするにはよいエリアです。利用できる駅も千駄ヶ谷、国立競技場、信濃町、青山一丁目、外苑前と5つもあり、色んなコース設定が可能です。とは言え夜になると真っ暗になるので、日が落ちないうちにこのエリアから立ち去ることをお勧めします。
神宮球場を右手に見ながら歩いて行くと、絵画館といちょう並木の間にある小広場に出ます。私が行った日はちょうど神宮外苑いちょう祭りをやっていて、ものすごい人でした。このいちょう並木、外苑完成の1926年に植えられたそうですが、いまでは巨木に育っていて、見事な黄葉を見せてくれています。このいちょうは遠近法効果が出るように、青山通り口から絵画館に向かって樹高は段々低くなるように植えられているそうです。青山通り口に立ってみると絵画館が遠くにあるように見えます。

村上春樹ファンにとっては、いちょう並木から出た青山通りも大切なエリア。
彼がこの界隈に在住していた当時、よく走っていたということですし、作品に紀伊国屋が出てきたり、マルボロの看板に言及したエッセイもありました(現在もこのへんにお住まいなんでしたっけ?)。
青山通りに出て左に曲がるとイタリア車Fiatのショールームがあり、その2~3軒先に京都の和菓子老舗寛永堂の店があります。黒豆を使ったお菓子が専門のようで、店に入って商品を選んでいると京都風の黒豆茶を出してくれます。大納言清澄を試してみましたが、さくっとした歯ざわりでおいしかったです。
夏などは思い切って早朝6時台に外苑前駅か青山一丁目駅にやってきて、いちょう並木から神宮球場を通って千駄ヶ谷に抜ける逆のコースを取ってみるのもいいかも知れません。夏の早朝のこの界隈は最高です。球場や競技場が立ち並ぶがらんとした空間に、ジョギングやウォーキングをする人がちらほらいるだけで、都心とは思えない静けさがあります。うろうろした後で千駄ヶ谷駅近くまで行けば、モスバーガーやNew Yorker’s Cafeが早い時間から営業しているので(7:00~)、朝ごはんが食べられるでしょう。


